2005年08月25日
新刊執筆中に思う
なにやら快調です。
今週に入って、月・火・水 と毎日1本入稿しています。
なんとか、今週中に予定のペースに戻せそうです。
昨日も、友人からメールをもらう。
やはり、私のこのブログからは、一昨日の知り合いと同様、戸惑いを感じているらしい。
ここまでおかしい、おかしいと言われると、気になってくるな。
書きたいことは、たくさんあります。
今でも、2つ企画書レベルにまで落とし込んでいる企画があります。
今書いている内容の本も、自分にしか出せないと思っているし、
毎年、できれば年に2回程度発刊していきたいと思っています。
情報を出せば出すだけ、さらにその倍のペースで新たに入ってきますし、
情報を発信する範囲、というか受け取るであろう方々の数によって、
その新たに受け取る情報の量と質は変化していくことも経験上理解しています。
サイバーエージェントの藤田社長は、取材中、「どんどん不感症になっていく」という
ことを言っていました。つまりは、インターネットというパワフルなツールを用いて仕事をしていると
いろいろな意見が飛び交う訳で、それらに反応しているうちに段々感覚が麻痺していき、
なにも感じなくなっていく、という意味だと思います。
今回の知り合いや友人のアドバイスも、当然のことながら真摯に受け止めていますし、
そのことに関しては真剣に考えています。
なるほどというところは、改めることもありますし、実際にアドバイス通りに実行している
こともあります。
私は、ただ、私にしかできない仕事をものすごく考えながら、そして真剣に、さらにスピーディに
これからもやっていきたいと思っています。
2作目に対しては辛口の書評もありました。
たぶん、3作目は、かなり自分の意見が反映されているので、もっと賛否があることと思います。
お世話になっている編集者が「水上さん、3作目以降は周りの目も厳しくなってきますよ」という
たぐいのことをおっしゃっていました。多分そうなのだと思います。
そうしたプレッシャーが知らず知らず、自分にのしかかってきていて、
比較的感情に素直に書いている、このブログで吐露しているのだと。
「書きたい」・・・ものすごく書きたいと今、思っています。
「書ける」・・・自分にしかかけないものを書いているし、書けると思っている。
「書かねば」・・・義務感は、あまりありませんが、使命感はあります。
「周囲の期待」・・・期待されるのは嬉しいです。また励みにもなります。
情報には、タイミングがあります。
もちろん鮮度もあります。
賞味期限の短いものや、ある程度の時間、日数、年数において鮮度を保つ内容のものもあります。
自分にしか発信できない情報や内容を
タイミングよく
スピーディーに
発信していくことに注力しています。
しかし、それと同時に、賞味期限の長い、長そうな、情報や、考え方、ノウハウも、
同時に考えています。
私は、
自分の情報発信について、3本の柱を持っていると思っています。
前2作がそれぞれ1本づつ、そして今回の新刊で3本が出そろいます。
これをベースにしていくつもりです。
書きたいと思う気持ちを大事に、自分にしか書けないことを使命感を持って、
周囲の期待を糧にこれからも精進していきたいと思います。
って、なんだ?今日のこの文章は。
台風の影響か、風が強くなってきました。
雨足も気のせいか、強くなってきました。
今日は、早めに帰路につこうと思います。
今週に入って、月・火・水 と毎日1本入稿しています。
なんとか、今週中に予定のペースに戻せそうです。
昨日も、友人からメールをもらう。
やはり、私のこのブログからは、一昨日の知り合いと同様、戸惑いを感じているらしい。
ここまでおかしい、おかしいと言われると、気になってくるな。
書きたいことは、たくさんあります。
今でも、2つ企画書レベルにまで落とし込んでいる企画があります。
今書いている内容の本も、自分にしか出せないと思っているし、
毎年、できれば年に2回程度発刊していきたいと思っています。
情報を出せば出すだけ、さらにその倍のペースで新たに入ってきますし、
情報を発信する範囲、というか受け取るであろう方々の数によって、
その新たに受け取る情報の量と質は変化していくことも経験上理解しています。
サイバーエージェントの藤田社長は、取材中、「どんどん不感症になっていく」という
ことを言っていました。つまりは、インターネットというパワフルなツールを用いて仕事をしていると
いろいろな意見が飛び交う訳で、それらに反応しているうちに段々感覚が麻痺していき、
なにも感じなくなっていく、という意味だと思います。
今回の知り合いや友人のアドバイスも、当然のことながら真摯に受け止めていますし、
そのことに関しては真剣に考えています。
なるほどというところは、改めることもありますし、実際にアドバイス通りに実行している
こともあります。
私は、ただ、私にしかできない仕事をものすごく考えながら、そして真剣に、さらにスピーディに
これからもやっていきたいと思っています。
2作目に対しては辛口の書評もありました。
たぶん、3作目は、かなり自分の意見が反映されているので、もっと賛否があることと思います。
お世話になっている編集者が「水上さん、3作目以降は周りの目も厳しくなってきますよ」という
たぐいのことをおっしゃっていました。多分そうなのだと思います。
そうしたプレッシャーが知らず知らず、自分にのしかかってきていて、
比較的感情に素直に書いている、このブログで吐露しているのだと。
「書きたい」・・・ものすごく書きたいと今、思っています。
「書ける」・・・自分にしかかけないものを書いているし、書けると思っている。
「書かねば」・・・義務感は、あまりありませんが、使命感はあります。
「周囲の期待」・・・期待されるのは嬉しいです。また励みにもなります。
情報には、タイミングがあります。
もちろん鮮度もあります。
賞味期限の短いものや、ある程度の時間、日数、年数において鮮度を保つ内容のものもあります。
自分にしか発信できない情報や内容を
タイミングよく
スピーディーに
発信していくことに注力しています。
しかし、それと同時に、賞味期限の長い、長そうな、情報や、考え方、ノウハウも、
同時に考えています。
私は、
自分の情報発信について、3本の柱を持っていると思っています。
前2作がそれぞれ1本づつ、そして今回の新刊で3本が出そろいます。
これをベースにしていくつもりです。
書きたいと思う気持ちを大事に、自分にしか書けないことを使命感を持って、
周囲の期待を糧にこれからも精進していきたいと思います。
って、なんだ?今日のこの文章は。
台風の影響か、風が強くなってきました。
雨足も気のせいか、強くなってきました。
今日は、早めに帰路につこうと思います。
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この記事へのコメント
1. Posted by ARCHA 2005年08月28日 22:11
大人のワクワクなんでしょうね。
子供のワクワク、
私めにはありませんでしたが、
運動会とか遠足を前にした興奮して眠れぬワクワク。
それを忘れている=当り前です大人なんだから(笑)、
忘れている訳では無いに然ども、言葉(ことのは)ではそうは言っても、
ね。
大人になって然るべきなんでしょう。
子供の気持で子供の云々、無理なんでしょうね。
大人になって、大人達から「認知」されれば。
も一度(ONCE MORE で無くても良いんだけど)
大人って、子供って、ってなことを考えたくなりました。
誰何でしょうね、なんかこの日の記事は誰かに不特定一人に対する
ことのはの様に感じましたが。
子供のワクワク、
私めにはありませんでしたが、
運動会とか遠足を前にした興奮して眠れぬワクワク。
それを忘れている=当り前です大人なんだから(笑)、
忘れている訳では無いに然ども、言葉(ことのは)ではそうは言っても、
ね。
大人になって然るべきなんでしょう。
子供の気持で子供の云々、無理なんでしょうね。
大人になって、大人達から「認知」されれば。
も一度(ONCE MORE で無くても良いんだけど)
大人って、子供って、ってなことを考えたくなりました。
誰何でしょうね、なんかこの日の記事は誰かに不特定一人に対する
ことのはの様に感じましたが。
2. Posted by 水上 2005年08月29日 09:08
知りたい、わかりたい、という欲求は、
大人でも子供でも関係無いように思います。
たしかに大人の方が経験を積んできた分、知識が子供よりはありますが、
子供の気持ちというのは忘れがちになります。
子供が親と遊びたくてせがんでいる状況で、
「遊びたい」と思っている子供にしてみれば、遊びたくない親=大人は、
「どうしてこんな楽しいことしたくないんだろう?」と不思議に思っているに
違いありません。
取材をすればするほど、「知りたい」という欲求がましてきます。
知れば知るほど、知った知識を活用したくなってきます。
「誰かに不特定一人に対する」
おもしろい表現ですね。
この情報を欲しているであろう人、一人一人に対して、
ということでしょうか?
もしくは、希望としては、私の文章が受け手によって
それぞれの必要に応じたアウトプットになっていること。
そういう本を書いていければ、と思います。
大人でも子供でも関係無いように思います。
たしかに大人の方が経験を積んできた分、知識が子供よりはありますが、
子供の気持ちというのは忘れがちになります。
子供が親と遊びたくてせがんでいる状況で、
「遊びたい」と思っている子供にしてみれば、遊びたくない親=大人は、
「どうしてこんな楽しいことしたくないんだろう?」と不思議に思っているに
違いありません。
取材をすればするほど、「知りたい」という欲求がましてきます。
知れば知るほど、知った知識を活用したくなってきます。
「誰かに不特定一人に対する」
おもしろい表現ですね。
この情報を欲しているであろう人、一人一人に対して、
ということでしょうか?
もしくは、希望としては、私の文章が受け手によって
それぞれの必要に応じたアウトプットになっていること。
そういう本を書いていければ、と思います。
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